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サイゼリヤのデリバティブ評価損リスクを投資家は察知できたか否か
 
 既にこなつさんのブログに解説がありますが、格安イタリアンレストランチェーンのサイゼリヤが、140億円のデリバティブ評価損を発表しました。サイゼリヤの2008年8月期の本決算の連結営業利益は約75億円ですから、この評価損が経営に与えるインパクトは、かなり大きいといえるでしょう。サイゼリヤ株はこの発表以降、ストップ安比例配分が続いているようです。この会社の株を「不景気に強い内需型ディフェンシブ株の王道」としてホールドしてきた株主の皆さんから見れば、「こんな契約をしていたなんて聞いてないよ!」と裏切られた思いだと思います。

 問題となった取引は、サイゼリヤの開示情報に記載のあるとおり、「豪ドルクーポンスワップ」というデリバティブ取引で、取引の内容は以下の通りです。

 当該スワップ取引により、会社は毎月78円/豪ドルと69.90円/豪ドルの為替レートで1,000,000豪ドルずつを調達できる取引となっています(契約は2本です)。各々契約日は、2007年10月と2008年2月ですので、今後の資源高で、為替レートがますます円安豪ドル高に動くであろうということを想定して、会社は「豪ドルベースの輸入食材の支払に伴う為替リスクをなるべく抑制したい」という目的のために、一種の為替予約取引のような取扱いで、この契約をBNPパリバ証券と締結したのだと思います。この契約はそれぞれ2010年11月、2011年3月までの豪ドル為替レートを実質的に上記レートに固定する効果がありますので、想定通り、豪ドル高円安に為替レートが動いていれば、このスワップ契約による為替レートのコントロールがうまく功を奏したことになったわけです。
 ところが、2008年秋以降の円高豪ドル安で、豪ドルが60円当たりまで下落することになり、上記の78円、69,90円での為替レート固定効果が無意味になりました。その上、このデリバティブ取引においては、豪ドルレートが、それぞれ78円、69.90円を下回ると、豪ドルの調達コストが600円/ドル(500円/ドル)まで指数関数的に上昇する契約となっています。
 現状の豪ドルの為替レートでは、この上限価格600円/ドル(もう一本の契約は500円/豪ドル)まで簡単に調達コストが上昇してしまうため、会社は結果として、600円/ドル(もう一本の契約は500円/豪ドル)で、毎月1,000,000豪ドルずつ計2,000,000豪ドルずつ調達することが2010年11月(もう一本は2011年3月)まで約束されてしまっており、その結果140億円という膨大な金額の含み損をかかえることになってしまいました。(このあたりの取引の内容は、こなつさんのブログ参照のこと)

 ここで、ある投資家さんから私にお問い合わせを受けたのが、「開示資料から、このリスクを投資家が事前に想定することができたのでしょうか?」というご質問だったのですが、結論から言うと、「兆候がまったくないわけではないが、それを見分けるのは全くもって難しい」と申し上げるしかない状況であるといえます。

 デリバティブ取引には、上記のような「一発退場」となるような巨額損失を計上させる恐れがあるため、会計処理上も慎重な対応がなされてはいます。具体的に言うと、会社が契約するデリバティブ取引をいわゆるヘッジ目的とそれ以外のものに区分して、ヘッジ目的のものに関しては、ヘッジ対象(価格変動リスクにさらされている資産・負債項目)とヘッジ手段(価格変動の影響を減殺するためのいわゆるデリバティブ取引)の損益をお互いにぶつけあうようにするために損益認識を繰延べる「ヘッジ会計」というものが認められているのですが、ヘッジ目的と認定できなかったものに関しては、毎期、「デリバティブ評価損益」を営業外損益に計上することが求められています。
 ここでいうヘッジ目的のデリバティブ取引とは、ヘッジ対象たる資産負債の価格変動リスクを確実に減殺する効果が期待できるデリバティブ取引であって、今回のように、会社の想定通りに為替レートが動かなかった場合に、巨額の評価損を計上しなくてはならない可能性が少しでも存在するデリバティブ取引は、決してヘッジ目的であるとはみなされません。
 会社は今回の「豪ドルクーポンスワップ」を「実質的な意味での為替予約のような取引」という認識で購入していたのかもしれませんが、会計監査人から見れば、この取引は、「厳密な意味での完全なるヘッジ効果はなく、時価評価すべき投機的要素のあるデリバティブ取引である」という認識だったのだと思います。その証拠に、2008年8月期の損益計算書の営業外費用には、金額は小さいですが、「デリバティブ評価損」の項目が計上されています。また、このデリバティブ評価損を計上している取引がどのようなものなのかは、注記情報に若干の開示がなされています。
 サイゼリヤのデリバティブ注記(2008年8月期決算短信P.30 )を見ると、確かに豪ドル通貨スワップの取引が存在する旨の開示はなされていますが、今回のプレスリリースにあったような、具体的な取引条件に関する開示は一切なされていません。(会計制度上、そこまでの開示は求められていません。)このあたりは、開示制度の限界とも言えるかもしれません。

 さらにことをややこしくしているのは、この会社は、ヘッジ目的のデリバティブ取引も行っているため、いわゆるヘッジ会計を適用して評価損益を繰延べているものもあるということです。このような純粋ヘッジ目的のデリバティブ取引があるため、ヘッジ会計に関する注記情報だけを見ると(2008年8月期決算短信P.20 )あたかも、デリバティブ取引はヘッジ目的のものしかないかのように勘違いする恐れがあります。(以下ヘッジ会計に関する注記のうち、ヘッジ方針に関する部分を抜粋)

ヘッジ方針
リスク管理方針に基づき、為替変動リスク及び金利変動リスクを回避することを目的としており、投機的な取引は行わない方針であります。


 総括すると、以下のようなことが言えると思います。

現状のデリバティブ取引に関する開示ルールにおいて、個別の契約内容の開示までは求められていないため、有価証券報告書利用者たる投資家が今回のようなデリバティブ取引の個々の契約条件まで知る手段はない。
ただ、投機的要素のあるデリバティブ取引を会社が締結しているかどうか、その有無に関しては、「デリバティブ評価損益がPLに計上されているか」「時価評価されているデリバティブ取引の概要に関する注記があるかどうか」によって確認することができる。


 ただ、正直言って、私がサイゼリヤの株式を購入すると仮定したとして、この注記をだけ見て、株式の購入を躊躇するかといわれれば、「どう見ても純粋国内飲食業と見られる同社において、そこまで用心深くなるのは難しい」と言わざるを得ないと思います。

 やはり、最終的には、分散投資という基本的な投資スキルで個人投資家はリスクヘッジするしかないのかもしれません。サイゼリヤの株主の皆様は、本当にお気の毒だとは思います。「いくら長期に渡って為替レートを固定したかったからと言って、なぜ、このような投機色のあるスワップ取引が立て続けに2本も社内においてすんなりと承認されてしまったのか」、そこの部分の内部統制機能については、会社のガバナンスの問題として、損失を被った株主が突っ込みを入れても良いのかもしれないと、個人的には思います。


追伸
 おかげさまで、このブログも開設から1周年を迎え、20万アクセスを突破いたしました。最近は、本業がものすごく忙しくてコラムの更新もやや滞りがちですが、今後とも読者の皆様の末長いご愛顧をお願い致します。開示制度や会計・財務に関して、ご質問がある方は、遠慮なくメールを下さい。個人投資家の皆さん全体の「学び」となる内容であれば、可能な範囲で、なるべくこのコラムでお答えできるよう努力したいと思います。特に「このサイトの長年の読者で、私のセミナー資料(右肩推薦セミナーのリンク先参照)の購入者です」などという枕詞を書かれると、非常に弱いです。はい。
| cpainvestor | 00:08 | comments(9) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
事業等リスクの開示欄に記載すべきではなかったのでしょうか?
提出日時点では、まだ損失も今ほどは膨れてはいなかったのでしょうが…
Posted by: |at: 2008/11/27 1:37 AM
サイゼリヤの件は、ニュースを聞いた瞬間に「うえ〜〜」とうなってしまいました。
cpainvestorさんの記事を読んでさらに「うげ〜〜」と呻いてしまいました。
 自分はサイゼリヤをまったく保有していませんが、そんなん見抜けないよ〜(泣)、というのが正直な本音です。

 無理やりにでも教訓を探すのなら、内需型であったとしても、為替や海外の影響をダイレクトに受ける内需と間接的に受ける内需があるのでは?という発見でしょうか。

サイゼリヤは使用する食材の多くを外国産に頼っていたでしょうから、売り上げの部分では完全に内需ですが、仕入れの部分では外国の影響を大きく受けていて、それをどうにかするために為替スワップの取引をしていた、という事なんでしょうね。

売り上げだけではなく、仕入れにも着目して、そこで外国産が多いようなら輸出型企業や輸入型企業と同様に為替の影響を大きく受ける、場合によっては為替ヘッジを行っている可能性も疑う、という手順が必要なのかもしれません。

為替ヘッジは会社が積極的にやっている場合もあるでしょうけど、最近いくつか話が出た大学の資産運用のように、金融機関にそそのかされる可能性も、考慮したほうがいいのかもしれません。
輸出や輸入がメインの会社ならばそういうことは無いでしょうけど、サイゼリヤのメインはレストランの運営ですから、仕入れ時の為替に関して専門に対応する人が居なかったか(仕入れ担当役員が片手間にやっていたとか)、居たとしても今回の件を見ても分かるようにデリバディブのリスクを把握出来ない人が担当していたのかもしれません。といっても自分も無知ですが。。
 本来なら食材を輸入するサイゼリヤには円高はプラス材料のはずですが、それほど単純ではない、という事なんですね。
これに関しては今後の投資に結構貴重な教訓になったかもしれません。

 もっとも、自分で書いてて「ここまで考えないといけないのか」とゲンナリしてしまいます。これってIRに聞いてすんなり答えて貰えるような内容なんですかね。まあ似たような感じで、持合株による大損で利益が吹き飛ぶ、という状況はこれからどんどん露見しそうにも思いますが。
 上で書かれているように、手順が本当に適切だったのかは引き続き注目したいです。
 アーバンの件でBNPのインチキ行為も追及されるようですし。
 巨額のデリバディブは開示しないといけない、てなルールも出来てくれるとありがたいのですが。。。
Posted by: ny |at: 2008/11/28 1:37 AM
こんにちは。この件、驚きました。
私だったら絶対予見できていないと思います。
契約内容まで開示されない限り、難しいですね。
疑心暗鬼になりすぎるのもどうかと思いますしね。
分散投資しかないんですかね。
Posted by: Retriever |at: 2008/11/28 12:11 PM
 私もまっさきに事業等のリスクの記載を見ましたが、2007年8月期決算有報に関しては、まだ、この契約を締結していなかったこともあって、為替リスクに関しては、「仕入価格の変動リスク」という形で円安のリスクみたいなものがさらっとふれられているだけでした。

 このプレスリリース発表後の11月末日に提出した2008年8月期決算の有報の中では、一応、デカデカとふれられています(今回の件がなくても書いていたかどうかはわかりませんが・・・)

以下、とってつけた感はありますが、2008年8月期有報の事業リスク記載を転載します。

為替変動リスクをヘッジしていることによるリスクについて

全ての為替リスクをヘッジすることは不可能ですが、当社グループは、為替変動によるキャッシュフローや財政状況への実質影響を軽減するために、為替予約および通貨スワップ契約などのヘッジ契約を締結しています。当社グループが締結してきた、また、これからも締結するであろうヘッジ契約には、あらゆるヘッジ契約と同様に別のリスクが伴います。例えば、このようなヘッジ契約の利用は、為替変動によるリスクをある程度軽減する一方、為替がヘッジ契約で想定した範囲を超えた変動により、機会損失の可能性があります。また、このようなヘッジ契約を締結した取引相手の債務不履行が発生するリスクにさらされています。当社グループは、契約相手を既定の信用基準に該当する国際的な有力銀行や金融機関に限定することにより、取引相手の信用リスクにさらされるリスクを最小限に抑えるよう努めていますが、このような取引相手の債務不履行があれば、当社グループに悪影響を与える可能性があります。
Posted by: cpainvestor |at: 2008/11/30 11:38 PM
ny様 Retriever様

コメントありがとうございます。
まさに今回のデリバティブ評価損は、「寝耳に水」ということなのかもしれません。

ただ、「金融機関にそそのかされた」とか、「BNPパリバはなんてひどい銀行なんだ」という見解には、私は組したくないと思っています。

金融機関も「為替リスクをヘッジしたい」というサイゼリヤのニーズをとらえてこの商品を設計したのでしょうし、これだけのリスクを伴うものであれば、そのリスクについて説明しないはずはないと思います。(もし説明していなかったら、違法行為だとは思いますが・・・)
 やはり、今回の件は、サイゼリヤの中での契約締結に関する意思決定プロセスできちんと議論がなされたかが重要なのだと思っています。

 ちなみに、販売した外資系金融機関がこの取引でボロ儲けしたということではないように思います。一般的に、このような金融商品を設計した場合には、当該リスクや期間をばらして、別の投資家(国内とは限らない)に何らかのデリバティブ商品か仕組債に組み込んで販売していると考えられるからです。彼らは基本的に「サヤ取り」商売です。

個人的には、説明するのも複雑な商品を設計しておいて「貴社における当該金融商品の会計処理は、必ず貴社が契約する顧問会計士、監査法人等にご確認下さい。」と丸投げするのはいつも勘弁して欲しいと思っています。

Posted by: cpainvestor |at: 2008/11/30 11:49 PM
ご返答ありがとうございました。
直前にダイヤモンドオンラインの山崎元さんの記事を読んでいたので、ちょっと影響されて偏っていたかもです。

・投資家の自己責任
・金融機関の適切なアドバイス・高度な倫理観
・国や金融当局の適切な管理・規制・法律の策定
・経営者の高度な能力と市場・金融機関・顧客に対する誠実な態度

↑株式投資や資産運用ではこれらがバランスよくかみ合うのが本来の姿ですね^^;

しかしサイゼリヤは自己資本を2割も吹き飛ばしてどうなっちゃうんでしょ。幸い今回の件だけでつぶれるような感じではありませんけど、今後も注目ですね。
Posted by: ny |at: 2008/12/02 5:07 AM
追記
「投資家の自己責任と合理的・客観的な投資判断」ですね。
Posted by: ny |at: 2008/12/02 5:09 AM
 8月期の決算短信p30に通貨スワップ取引の契約額として豪ドル28億円が掲載されています。この中に今回損失を出した2つの契約が含まれています。さらにここにはユーロとドルで合計55億円の通貨スワップが存在します。残りの豪ドルを含めて、再び損失を出しているのではないかという不安があります。
 8月時点から下がった通貨は豪ドルだけではありません。ユーロもドルも大幅に下がっています。前回参照型のスワップは今回の2件のみで他は固定型です。1/6に四半期決算発表を予定していますので、そのときに再び大きな評価損が発生するのではという不安が残っています。
Posted by: z147258369a |at: 2008/12/13 1:49 AM
z147258369a様

 追加情報ありがとうございます。第一四半期決算の発表内容も要チェックですね。

 それにしても、見れば見るほど事業会社がヘッジ目的で持つポジションでないことだけは確かですね。



Posted by: cpainvestor |at: 2008/12/18 11:14 PM








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