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まな板の上の鯉のゆくえ(前編)


 東日本大震災に伴う東京電力(以下東電とします)の福島第一原発事故は、未だ収束の気配は見えず、有害な放射能を外部に放出し続けながら長期戦に突入しようとしています。この福島第一原発の現場で今日も体を張って懸命の作業を続けている方には、本当に頭が下がります。

 さて、一向に解決の目途が立たないどころか、状況はより深刻化しているようにも見える原発事故、どこまで膨れ上がるかわからない損害賠償負担の影響を懸念し、震災前に3兆円を超えていたた東電の株式時価総額は6,000億円弱まで下落し、社債価格も下落して、10年物社債の実質金利は10年物国債利回りに2%超のスプレッド(震災前の約20倍)がつく水準まで上昇しています
(2010年4月6日現在)。

 原発事故が勃発する前まで、東電の株式は長期保有ができる安定配当株、東電が発行する社債(電力債)は、国債に並ぶ安全資産の代名詞でした。このため、60万人以上いる個人株主は、安定配当狙いの長期保有者が多かったでしょうし、社債権者も元本保証を最優先する資金を債券購入にあてていたことでしょう。こうしたリスク回避型の投資家に甚大な被害をもたらしているという意味で、今回の東京電力の経営危機の影響は、個人投資家にとっても深刻です。
 すでに多くのマスコミが「東電はこの先どうなるのか?」という記事を書いているようですが、私も一個人投資家・会計専門家の視点から、この問題について少し考えてみたいと思います。(以下は基本的に全て私の個人的私見である点にご留意下さい。)

鉄壁の事業基盤と安定したキャッシュ・フローはほぼ健在

 
まずは過去5年間の東電の業績を見てみましょう。
東電業績推移

 少子高齢化、内需不振の影響はそれなりに受けてはいるのでしょうが、5兆円強の売上高から毎年5,000億〜1兆円弱の営業CFを創出しています。設備投資は、毎期5,000〜6,000億円で推移していますから、フリー・キャッシュ・フロー(FCF=営業CF+投資CF)は、多い時で5,000億円程度、平均でも2,000億円程度は確保できています。震災により、ピーク時の発電能力は30%近くダウンし、節電の影響も大きく受けるとはいえ、不要不急の設備投資を絞りこみ、リストラによって人件費その他の経費を徹底的に削減すれば、今後2〜3年内に緊急増設する火力発電設備等への設備投資が終わる頃には、今の料金体系(ただし、燃油上昇の一定程度の価格転嫁が認められることを前提とする)でも、最低1,000〜2,000億円のFCFを安定して稼げる事業基盤は、今も健在であるのではないでしょうか。なぜなら、電力というエネルギー源の代替性は低く、地域独占企業体である東電に顧客は完全に囲い込まれているからです。

有利子負債の負担は震災前からかなり重かった

 
次に2010年3月末(左図)、12月末(右図)のバランスシートを見てみましょう。


 一見してわかるのが、電力事業はやはり投資回収が長期に渡る設備産業である(総資産に占める固定資産の割合が極めて大きい)ということと、有利子負債の負担がかなり重いということです。幸か不幸か2010年10月に東電は「海外に積極的なインフラ投資をするぞ!」という掛け声のもと第三者割当増資を実施しており、12月末の純資産は、3月末に比べ4,700億円近く増え、手許資金も1,800億円弱増えています(このタイミングで増資に応じた世界中の投資家は現在大被害を被っているわけですが)。
 有利子負債は、12月末で7兆5,000億円近くあり(その他関連会社の保証債務も3,000億円程度あります)、有価証券報告書で今後の返済スケジュールを確認すると、毎期7,000億〜1兆円程度の返済負担があることがわかります。これは、震災前のFCFの水準(上述のように最大でも5,000億円程度)でも単年度で負担するには大きな金額で、かなりの割合の借金の返済を別の借金で賄う(有利子負債の借り換えでしのぐ)ことが想定されていたと言えます。このような資金計画が立てることができていたのは、独占的な電力事業の安定した営業CF創出能力が市場から高く評価されていたことの裏返しでもあります。今回の原発事故で、少なくとも向こう数年は、営業CFが減少するとともに、発電設備への投資を続けなくてはならなくなりますから、過去に調達した有利子負債の返済どころではなくなります。今回、東電が緊急に金融機関から2兆円近くの資金を調達した理由もまさにここにあり、現在ある手許資金と今回の調達額のほとんどは、当面の福島原発事故対応費用と向こう1〜2年の借入金の返済原資でほとんど消えてしまうことになるでしょう。
 その他に東電がねん出できそうな資金といえば、BSを見る限り、長期投資の4,800億円ぐらいしかありません。(使用済燃料再処理等積立金として外部に留保しているものが8,700億円ありますが、さすがにこれは流用不可でしょう。)長期投資の簿価がそのまま換金価値であることは普通ありませんから、不要不急の投資勘定等の売却によって確保できそうな金額は3,000億円くらいが良いところではないでしょうか。

 そうだとすると、現在の東電独力の財務力で最低でも兆円単位以上といわれる損害賠償負担に耐えるのは、現実的に考えて困難であるということになります。その意味で東電という法人格の今後は、生かすも殺すも日本政府の債務負担額次第ということになり、まさに「まな板の上の鯉」状態にあるといえます。
 
 ただ、いくら東電が「まな板の上の鯉」状態だからといって、そこで思考停止してしまっては、投資家としては失格だと思います。次回は、今後東電、とりわけ既存株主と債権者の権利がどのようになる可能性があるのか、そのシナリオについて考えてみたいと思います。(つづく)

| cpainvestor | 01:15 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
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原発事故というブラックスワンがありましたが、より投資的な意味において、今回の原発事故は東電の株主や社債へ投資していた人にとってブラックスワンであったのだろうと感じました。 まな板の鯉のゆくえによれば、長期保有できる安全資産の代名詞であった東電の株は、
Mutteraway 時事問題 を語るブログ | at: 2011/04/07 12:48 PM

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